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今日で震災から6年の月日が経ちました。
6年間・・・あっという間のようで長かった、変な感じがします・・・。
今日は僕が経験した当時の様子を書いていきます。震災の記憶を思い出したくない方はお控えください。

僕は、2011年2月20日(くらい)につくばの紫峰の森クリニックへ仕事のために茨城県・つくば市に来ました。
出身は静岡で高校卒業まで生活し、大学・大学院時代は京都で生活してました。
ですので、茨城はゆかりはないですが、仕事で来たって感じでした。

3月の頭からクリニックで治療をし始め、つくばという街がどういう街かもわからない時に、11日の震災にあいました。
その日は金曜日。2時くらいでちょうど患者さんに治療をして鍼を抜いたところでした。
急に来た地震に驚いたものの、大きく長く動けないって感じでした。
少しおさまって、クリニックの外へ患者さん連れて避難。そのあとは治療どころじゃなくなってしまいました。
大きめの余震がちょこちょこあり、最初はその都度外へ避難していたのですが、やはり休診にする方向へ。
来院していた患者さんには薬の処方はさせてもらって、地震後も来院される患者さんに対応しながらその日は終わりました。

クリニックにいる時はわからなかったのですが、つくばは全域で停電・断水してました・・・。
クリニックには災害に備えてそういうバックアップがあったので、全然気が付きませんでした。
電気のない家にいてもしょうがないので、電気のあるクリニックに行き・寝るころにまた帰ることにしました。(ちょうど院長も職員も停電のためクリニックに避難していた)
クリニックでは電気がつくのでテレビで災害情報を見ていました・・・・、全域で停電だったので、こういうときって被災地の人は見れてないんだな~と思うと意味あるのかな?って思ってました。
つくばの僕の家はその日の夜のうちに電気は復旧していて、寝るころに家に帰ると電気がついてました。

土曜日はクリニックが営業日だったので、余震に注意しながら仕事をしていました。
ちょうど鍼をやっているときに地震がなかったのが幸いでした。

日曜日なり、断水だったため家に水分がなくなってしまったのと、食料も尽きてきていたので、コンビニとスーパーに行きました。

当時の近所のセブンイレブンとイイアスのカスミの画像です。
買いだめにより飲み物も食料もない・・・・。
完全に乗り遅れました・・・。こんなに何にもなくなってしまうのか、ってくらい何もなかったですね。
食事は最悪しなくてもいいからとりあえず水分だ!って事でこの後いろいろなお店に行ったけど当たり前のように何もなく、結局自動販売機だ!ってことで自動販売機を探して行くも、自動販売機も売り切れ・・・・、人が来なさそうな自動販売機を見つけてやっと飲み物だけ確保しました。
今になってはこのころ何食べたっけな?って思い出せないのですが、そもそも食べてないのかもしれないです・・・。
少しして断水が直って、水が出るようになったのでお米はあったからお米だけ食べていたと思います。
断水が直って、お風呂入れてうれしかったのをすごく覚えています。

週明けには電車も復旧して、家に帰れなかった職員も帰れるようになったり、徐々に復旧していきました。
僕はつくばのことを全然知らなかったし、友人もいなかったので、このころは家とクリニックの行き来だけで生活していました。さびしい・・・・寂しかったのを覚えてます。
なので、ガソリン問題には巻き込まれることなく生活できました。

つくばに来て数日で震災にあったので、なんてところに来てしまったのかと当時は思いましたけど、仕事があったのでつくばに慣れるように道とかを覚えながら生活していたのを覚えています。
当時は西大通と東大通で何が違うのか・・・と思いながら走っていましたが、今ではなんとなくわかるようになりました 笑
それから友人を作るために社会人バスケットを始めて、嫁と結婚して、子供が出来て、鍼灸院をオープンして・・・・僕が来てからの6年いろいろなことがありましたが、まさか茨城にずっと住むことになるとは思ってもいませんでした。

しろくま鍼灸院も今日で4カ月。
あっという間の4ヶ月です。
これからずっと続けていけるように、僕もしろくま鍼灸院も成長していきますので今後ともよろしくお願いいたします。

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